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正しい罪の償い方〜私がやりました〜



人間は、誰しも、完璧ではない・・・

だから、人生の中で、間違いを犯す。



不正直な行ないを直視して、「私がやりました。なぜなら恐かったからです。以上!」と言うことは、何と清々しいことだろう。 これが隠れた恐れを発見するための第一歩である。 何という開放感!もうこれ以上、世界や状況や他人を変えようと悪戦苦闘する必要はなくなった! 自分を何とかすれば良いのだ。 必要なのはただ勇気を出して、自分が力不足であることについて持っている信念を探すことだけだ! Living Deliberately 自分が決める人生の生き方 著:ハリー・パルマー


言い訳も正当化もなく、潔く、自分の罪を認めている態度の清々しさ。



それと対照的な、


「私はそれについて何も知らない」


「私はやってない」


「彼らにやらされた」


という態度。

罪を隠そうと決めた瞬間から、その人のクリエイト力は奪われ続ける。

罰や恥、そして拒絶といった結果を恐れて、他人と完全に正直に接することができないからだ。



人が罪を犯すと先ず聞かれるのは大抵、「なぜやったの?なぜ?なぜ?なぜ?」です。これは全く見当違いな質問です。本当のところは誰にも答えることができません。これは自分がなぜ源でないかという説明をでっち上げるよう頼んでいることになります。「ウソを言いなさい。それが聞きたい」と。 説明をしたところで何も変わりません。説明をしたところで誰も何も学びません。そして説明は、たとえそれがどんなに素晴らしく聞こえたとしても、再びやるのを防止したりはしません。「なぜ?」という問いには、「母が私を産んだから」とでも答えた方が 良いかもしれません。  あなたが罪を秘密にする最大の理由がわかりますか?それはあなたが誰かに「なぜやったの?」と聞かれはしないかと恐れているからです。 そしてあなたは正直言って、本当に見当がつかないのです。 そこでもし聞かれたら、最初の罪を説明するためにウソをつく、という2つ目の罪を犯さなければならなくなります。  社会的に何が「秘密にされている罪」の数を増やしているのか知りたいですか?「なぜやったか?」に社会が焦点をあてるようになっているからです。 Personal Integrity mini course  By ハリー・パルマー 



重要なのは罪をどう扱うかであって、なぜやったかではない。


罪を扱う際の間違ったやり方は、それを隠したり、正当化したり、否定したりすることだ。 




もしあなたが罪を隠したり、正当化したり、否定したりすると、役に立つ学びはほとんどありませんが、罪を扱えば人生で最も重要な生きた学びに到達できるのです。 それは勇気、思慮深さ、寛大さ、慈しみ、許し、つまり知恵です。 多くの場合罪を扱うことから得られる学びは、純粋に博愛的なことに力をそそぐ原動力になります。 Personal Integrity mini course  By ハリー・パルマー





心から行われれば、 幸せな人生を取り戻すことができます。 ここには罰はいらないことに注目してください。 正直な人、つまり自分のスピリチュアルな発達や目覚めに誠実に取り組む人は、自分の罪を正すのに罰を必要としません。  Personal Integrity mini course  By ハリー・パルマー



自分の力を奪う「秘密にされている罪」を認め、完全に扱うことで得られる自由の力を一度経験すれば、二度と罪を隠したりしないはずだ。


だから、勇気を出して、なんの言い訳もなく、正当化もなく、はっきりと言ってみよう!

「私がやりました」



 


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